本論『ものまねボイトレ』

第8章は、モノマネで得た声は、単なる通過点です、といった内容を述べています。

第8章「モノマネで得た声は捨てましょう」

 モノマネをしていると、ミイラ取りがミイラになった、ということわざにぶちあたります。
 でも、忘れないでほしいのです。
 ぼくたちはモノマネ芸人をめざしている訳ではありません。
 自分にいちばんふさわしい声質を見つけ出すためにモノマネしていることを。

 ですので、似ているかどうかは、あまり問題ではないのです。
 問題は、似ているかどうかではなく、本質に近づけているかどうか、です。
 「本質」というのは、「秘訣」や「コツ」といったものです。
 言葉ではうまく伝えることが難しいが、確かに内在している「身体操作の要諦」のことです。

 前章で申し上げたとおり、普通に歌っていたらできなかったことが、モノマネをしてみたらあっさりできた、という例は数多いです。
 ビブラートがかけられなかったのに、かけられた。
 力強いファルセットができなかったのに、できた。 などなど。
 これは、「本質」に近づけたからです。
 「秘訣」や「コツ」をつかみかけたからです。
 似ているかどうか、の問題ではないのですね。

 たとえば、ミスチル桜井さんの例を考えてみましょう。
 前章で申し上げたとおり、Mr.Childrenさんの歌は、男性が地声で歌うには、やや高すぎる音が多く使われています。
 「自分にはムリだ、出せない」と考えている男性がたくさんいます。
 ところが、ふつうに歌ったらムリな人でも、モノマネをして歌ってみたら、意外にもあっさり高音が出た、という人が存在するのです。
 これは、ミスチル桜井さんの発声法に、高音を出しやすくする「秘訣」や「コツ」といったものが内在するからです。
 モノマネをすることで、知らず知らずのうちに、高音を出しやすくする「秘訣」や「コツ」に近づけたのですね。

 この場合、大事なことは、今まで出せなかった高音が出せるようになったかどうか、です。
 つまり、「秘訣」や「コツ」をつかめたかどうか、です。
 こっちが本質なのです。
 ミスチル桜井さんに似ているかどうかは本質的な問題ではありません。
 この点が、モノマネ芸人をめざしてモノマネを練習する人たちとの違いです。

 ぼくたちは、自分にとっていちばんふさわしい声が、どこにあるのか? を知るために、試行錯誤する必要があります。
 その試行錯誤を効率的におこなうために、モノマネをツールとして利用します。
 だから、似ているかどうかは、ぜんぜん関係ないのです。

 そして、モノマネで得た声は、単なる通過点でしかありません。
 たとえばミスチル桜井さんのモノマネをしてみたら、すっごく似ていた、としましょう。
 ちょっと人前で歌ってみたら、思いのほかウケたりしちゃったりします。
 ウケると、チョー気持ちいいです。
 「おれ、このままモノマネを極めようかなぁ…」なんて気が起きたりします。
 でも、ちょっと待った!
 ぼくたちのゴールは、自分にとってもっともふさわしい声質の獲得です。
 モノマネで得た声は、単なる通過点でしかありません。
 どれほどミスチル桜井さんに似ていても、それでどれほどウケたとしても、その声を手離しましょう。
 「秘訣」や「コツ」をつかんだ時点で、オサラバするのです。
 つかみきるまでは、手離す必要はないですけれど、じゅうぶんにつかんだなら、さよならしましょう。
 ちょっともったいないですか?

 これは、たとえばイチロー選手が、振り子打法を手離したことと似ているかもしれません。

 野球のバッティングの「コツ」は、体重移動(重心移動)だと言われています。
 これは、もうかなり古くから言われ続けてきたコツですから、野球をやる人なら誰でも知っています。
 この「コツ」を会得するための、もっとも効果的な方法が、イチロー選手の振り子打法をやってみることだと言われています。
 重心の移動をバットのスイングに連動させる要諦がつかめる、最適の練習法です。

 ところが、振り子打法には弱点もあります。
 動きが大きいため、たとえば相手投手に緩急をつけられると、なかなか対応しにくい、というのが最たる弱点でしょう。
 練習で用いるのは良いけど、実戦で使い続けるのは、いかがなものか?
 それはイチロー選手も同じであって、日本から大リーグへ行ったあと、イチロー選手は振り子打法を手離しました。
 レベルの高い大リーグの投手に対応するために、振り子打法とサヨナラしたのです。

 これは、イチロー選手がレベルアップした、とも言えます。
 振り子打法によって、重心移動の「コツ」をじゅうぶんにつかんだイチロー選手にとっては、振り子打法から離れたとしても、その「コツ」を忘れることはありません。
 コツを保持したまま、なおかつ大リーグの投手に対応できるよう「進化」したと言えるでしょう。
 だから、たぶん、イチロー選手に振り子打法を惜しむ気持ちはなかった、、、と想像します。

 人は、何かを得ると、それにしがみつたくなる生き物なのかもしれません。
 イチロー選手のような達観した境地には、なかなかたどり着けないものでしょう。
 でも、モノマネで得た声は単なる通過点です。
 ですから、「秘訣」や「コツ」をつかんだら、さよならしましょう。
 惜しむ気持ちもわかりますが、ぼくたちのゴールは別の地点にあります。

声練屋やすべぇ(こえねりや・やすべぇ)

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