本論『ものまねボイトレ』

第6章は、ぼくらは誰も歌い方を知らない、といった内容を述べています。

第6章「発声法を知らずにぼくらは育った」

 ベストなフォーム、発声様式を手に入れるための方法論として、ぼくはモノマネを提唱しています。
 でも、一般的には、モノマネは低レベルだと考えられています。
 もっと高尚なボイストレーニングがあるじゃないか、そう考える人もいることでしょう。
 そんなボイトレは、幻想です。

 ぼくたち日本で教育を受けたほとんどの人は、歌の発声法を教わることなく大人になりました。
 まれに運良く発声法を教わったことがある人もいることでしょう。
 しかし、その場合の発声法は、俗に言う「オペラ唱法」です。
 あの、クラシック歌手とかがやっている発声法ですね。
 ママさんコーラスなんかでおなじみの「コーラス唱法」も、オペラ唱法の一種と言っていいでしょう。
 口を大きくあけて、笑顔で歌って、とか、横沢夏子さんや柳沢可奈子さんあたりにネタにされそうな歌い方の、アレです。

 これらの発声法は、もちろん、悪くないです。
 それなりに歴史もあり、教育法も研究され、努力すれば、誰でもあるていどまでは「歌ウマ」になることのできる歌い方だと言えるでしょう。
 ただ、しかし、J-POPのシンガーで、このような歌い方をしてる人は、絶えて存在しません。
 これは、今も昔もかわりありません。
 たしかに、歌謡曲の黎明期など、クラシック畑で育ったのちに大衆歌謡の世界に足を踏み入れた人はいます。
 しかし、純粋な日本のポピュラー歌手で、オペラ唱法をした人は、いません。

 なぜなのか?
 なぜ、世界的にも有名で、歴史もあるオペラ唱法が日本では人気がないのか?
 くわしく知りたい人は、小泉文夫さんや小島美子さんなどの本を読んでください。
 ここでは、すっごく簡単に言います。
 日本人は、オペラ唱法が嫌いなのです。
 だから、売れることを第一義として考えるJ-POPの世界で、オペラ唱法は生き残れなかったのです。

 つまり、子供の頃からぼくたちは、ほとんど歌の発声法を教わってこなかった。
 運良く教わった経験のある人も、それはオペラ唱法という、J-POPの世界では無用な歌い方でしかなかった、ということです。
 端的に言えば、誰も、歌い方を知らないのです。

 知らないけど、でも、歌いたいという気持ちはあふれ出て止まりません。
 あるシンガーは浪曲など先行芸能の真似をし、ある人は海外から流用し、あるボーカリストはオリジナルな発声法を開発しました。
 歌いたいという気持ちに正直な人々は、歌うことをあきらめなかったのです。
 それが、歌謡曲でありJ-POPなのです。

 でも、それは百鬼夜行といいますか、めいめいか好き勝手なことをやっている、魑魅魍魎(ちみもうりょう)とした世界だとも言えるでしょう。
 クラシックの世界ならば、たとえばオペラ唱法のひとつであるベルカント唱法を正しいと信じれば、信じただけの見返りが戻ってくることでしょう。
 信じるものは救われる、といった世界です。
 でも、J-POPの世界には、何も信じられるものがありません。
 たとえば、長渕剛さんの「しゃっくり唱法」が正解だ!と信じてみましょう。
 1990年代ならば信じる価値はあったかもしれません。
 でも、今となっては、さんざ使い古された感がぬぐえません。
 もちろん、そこをあえて、一周まわって逆にスゴイ、と狙いにいくことも、アリっちゃアリなのかもしれないです。
 わかんないです。
 J-POPの世界に正解はないのですから。

 この混沌とした暗闇のなかにおいて、唯一の光明が、モノマネです。
 いや、もちろん天才ならば、この程度の暗闇など斬り裂くぐらいの輝きを放つかもしれません。
 でもぼくらは単なる凡人でしかありません。
 凡人には羅針盤が必要です。

 さいわいなことに、J-POPは爛熟期をむかえています。
 黎明期ならば天才的な発想が必要だったかもしれませんが、爛熟期の今は、先行テクニックにひと工夫を加えただけで、簡単に新しいものが生み出せます。
 それが小手先すぎてツマラナイというのは、ぜいたくな悩みでしょう。
 この悩みを解決するには、J-POPに代わる新しい芸能の誕生が必要かもしれません。
 でも、それを生み出すのは、ぼくたちではないでしょう。
 歴史的にも、ほんの少数しか存在しえない、天才中の天才がおこなう役目だと思います。
 ぼくたちは、この爛熟期のしあわせを甘受して、魑魅魍魎とした世界を生き抜いていきましょう。

 その最適な方法論がモノマネだと、ぼくは考えています。
 いろいろたくさんの人たちが、さんざんに考えて、さまざまにやりつくして、現在のJ-POPの爛熟期を迎えたのです。
 あれがダメ、これが成功、そんな例を山ほど見ることができます。
 その資産を有効利用しないなんて、もったいないですから。

声練屋やすべぇ(こえねりや・やすべぇ)

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